Kistwal, T., Kanhaiya, K., Buchmann, A. et al. “Light-induced quantum friction of carbon nanotubes in water.” Nature 2026, 654, 941. https://doi.org/10.1038/s41586-026-10632-2
物体が面上を動くときに働く摩擦は身近な現象であるが、原子・分子のスケールでは、表面の凹凸に由来する古典的な摩擦とは起源の異なる「量子摩擦」と呼ばれる機構が理論的に提案されている。量子摩擦は、溶媒である水分子の集団的な運動と、グラフェンやカーボンナノチューブといった物質の電子状態とが非断熱的に結合することで生じる摩擦である。一方、単層カーボンナノチューブ(SWCNT)は近赤外域で退色しにくい蛍光を示し、細胞の化学信号の可視化や病原体の検出に使える生体センサーの素材として近年注目されている。光の吸収で生じる電子励起状態(励起子)が、水中でのナノチューブの運動そのものにどのように影響するのかを理解することが重要である。
しかし、励起子がナノチューブと水との間の摩擦、ひいては拡散にどのような影響を与えるかは実験的に直接調べられておらず、光の照射によって運動を制御できるかどうかも不明であった。
そこで、本研究では単層カーボンナノチューブの水中での拡散を単一分子蛍光計測によって追跡することによって、光の照射が摩擦を増大させることを明らかにした。励起光の強度を高めるほどナノチューブの拡散は遅くなり、蛍光の量子収率を高める分子を加えると拡散はさらに遅く、逆に量子収率を下げる分子を加えると速くなり、拡散係数は約2倍の範囲で変化した。テラヘルツ分光と分子動力学計算から、励起子が水の低周波の運動と結合して非断熱的な摩擦を強めることが、その機構として示された。Cobolt社製のレーザー発振器(Cobolt Jive、波長561 nm)は、この単一分子蛍光計測において光学顕微鏡に組み込む励起光源として用いられ、ナノチューブを光励起して拡散の変化を計測する役割を担った。
※本記事は、オープンアクセス論文(CC BY 4.0)を、独自の構成で再構成した日本語要約です。
【用語解説】
- 量子摩擦(quantum friction):固体表面の電子状態の変化と、接する液体分子の集団運動とが量子力学的に結びつくことで生じる摩擦。表面の凹凸による古典的な摩擦とは起源が異なる。
- 励起子(exciton):光を吸収した半導体の中で、負電荷の電子と正電荷の正孔が互いに引き合って対になった状態。カーボンナノチューブではこの励起子が近赤外の蛍光を担う。
- 蛍光相関分光法(FCS):ごく微小な体積を通過する蛍光分子の明滅の揺らぎを統計的に解析し、分子の拡散の速さや濃度を求める計測手法。

