三次高調波発生顕微鏡による生理機能を保ったヒト脳組織のミエリン病理の動的観察

Meijns, N.R.C., Blokker, M., Idema, S., ‘t Hart, B.A., Veta, M., Ettema, L., van Iersel, J., Zhang, Z., Schenk, G.J., Groot, M.L., Luchicchi, A. “Dynamic imaging of myelin pathology in physiologically preserved human brain tissue using third harmonic generation microscopy.” PLOS ONE 2025, 20(3), e0310663. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0310663

背景

 神経の軸索を何重にも取り巻く脂質に富んだ膜であるミエリンは、電気的な絶縁体として跳躍伝導を担うほか、軸索へ栄養を供給する役割も近年判明した。ミエリンの微細な形態変化は、多発性硬化症などの疾患の本質に迫る手がかりとして注目されている。試料を染めずに観察する手法として、三つの光子が入射光の三倍の周波数をもつ一つの光子に変わる三次高調波発生(THG)顕微鏡がある。均質な媒質では焦点の前後で生じた光が打ち消し合うため、屈折率などが変わる界面だけが明るく写る。THGでは光子が吸収も放出もされないため試料への負担も小さい。

従来の問題点

 しかし、免疫組織化学染色は形態の同定には優れるものの、変化が進む過程を時間を追って捉えられないという問題点がある。色素を細胞へ導入する手法も、色素自体が生命現象を乱す恐れを伴う。加えて、これまでの無標識観察は固定した組織や採取直後の試料で検証されており、ヒト脳組織を長時間生かしたまま観察する系がなかった。THG顕微鏡自体も、高い照射強度を要するため光損傷の懸念が残されていた。

結果

 そこで本研究では、切除したヒト脳組織を人工脳脊髄液中で維持する培養手順と、自作の高次高調波発生顕微鏡とを組み合わせることによって解決した。まず培養細胞への照射実験で光損傷が増えない条件を定め、1パルスあたり約4.5 nJ、毎マイクロ秒3.75パルスを採用した。この条件で側方約400 nm、光軸方向約1.3 µmの分解能を得て、ミエリン鞘の膨隆を染色像と同等に描出した。さらに細胞外ナトリウム濃度を段階的に上げながら数時間の撮像を続け、多発性硬化症患者の脳梁では対照より膨隆が有意に多いこと、蛋白質分解酵素の阻害剤で膨隆の増加が抑えられることを示した。HÜBNER Photonics社のVALOフェムト秒レーザー(波長1050 nm、パルス幅100 fs)は、この非線形過程を励起する光源として用いられた。

※本記事は、オープンアクセス論文(CC BY 4.0)を、独自の構成で再構成した日本語要約です。

【用語解説】

  • 三次高調波発生(THG):強い光を物質へ集めたとき、三つの光子がまとまって入射光の三倍の周波数(三分の一の波長)をもつ一つの光子に変わる非線形光学現象。屈折率や非線形感受率が急に変わる界面で強く生じるため、脂質に富む膜構造が標識なしで写る。
  • 器官型切片培養:脳などの組織を細胞に分散させず、切片のまま組織構造を保って培養する手法。細胞同士の位置関係が残るため、生体に近い状態で長時間の観察ができる。
  • ミエリン膨隆:ミエリン鞘が軸索から部分的に剥がれ、層の間が広がって膨らんだ状態。多発性硬化症では、脱髄が見られない白質にも生じることが報告されている。

三次高調波発生顕微鏡に使用されたフェムト秒レーザー

HÜBNER Photonics VALO フェムト秒レーザー
フェムト秒レーザー VALO