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二光子励起顕微鏡法の原理

二光子励起顕微鏡法は、蛍光分子が本来吸収する光のおよそ2倍の波長(近赤外)の光子を2個同時に吸収させて蛍光を励起する顕微鏡法です。2個の光子が同時にそろう確率は光の強さの2乗に比例するため、フェムト秒パルスレーザーを絞り込んだ焦点のごく近くだけが光ります。ピンホールなしで3次元の断層像が得られ、散乱の少ない近赤外光によって、生きた組織の深部(脳ではおよそ 0.5〜1 mm)まで観察できます。

対物レンズ 近赤外フェムト秒パルス光 焦点だけが蛍光を発する 生体組織

一光子励起と二光子励起

通常の蛍光顕微鏡では、エネルギーの大きい光子1個(例えば青色光)で分子を励起します。二光子励起では、その半分のエネルギーしか持たない光子(近赤外光)を2個同時に吸収させ、合わせて同じ励起状態まで持ち上げます。

1個目の光子は分子を実在しない仮想準位に上げるだけで、そこにとどまれる時間はフェムト秒程度です。その間に2個目の光子が届いたときだけ励起が完了します。励起された後の振る舞いは一光子励起と同じなので、放出される蛍光の色も変わりません。

式で書くと hν1P = 2hν2P、したがって λ2P ≈ 2λ1P。実際の二光子吸収スペクトルは幅が広く、単純な2倍より短波長側にずれることも多いため、例えば GFP は 976 nm ではなく 920 nm 付近でよく励起されます。
一光子励起二光子励起 基底状態基底状態 励起状態励起状態 仮想準位(寿命 ~fs) 488 nm 920 nm 920 nm 蛍光蛍光 どちらも同じ励起状態から、同じ色の蛍光を出す

励起効率は
光強度の2乗に比例する

二光子励起が起きるには、仮想準位の寿命というごく短い時間のうちに、同じ場所へ2個の光子がそろって届く必要があります。光子の密度(光の強さ)を2倍にすると、1個目が来る機会も2個目が続く機会もそれぞれ2倍になるので、そろう確率は 4倍 になります。

人通りが2倍になると、二人が偶然出会う回数は4倍になるのと同じ関係です。そのため光が弱いところではほとんど励起が起きず、光が強く集中したところでだけ急激に起きます。

式で書くと 一光子:励起率 ∝ σ1 I、二光子:励起率 ∝ σ2 I2。σ2 は二光子吸収断面積で、単位は GM(1 GM = 10−50 cm4·s/光子)。一般的な蛍光分子や蛍光タンパク質で数〜数百 GM と非常に小さいため、高いピーク強度が必要になります。
光の強さ I 励起の起きやすさ I2I 一光子:I に比例 二光子:I² に比例

焦点だけが光る
ピンホール不要の光学切片

対物レンズで絞った光は、焦点の前後でも同じ量の光が通過しますが、広い面積に薄く広がっています。一光子励起では励起が光の量に比例するため、焦点の上下の面も焦点と同じだけ光り、ぼけの原因になります。

二光子励起では励起が強さの2乗に比例するため、光が薄く広がった面ではほとんど励起が起きず、焦点のごく近くだけが光ります。共焦点顕微鏡のようにピンホールでぼけを捨てる必要がなく、出てきた蛍光はすべて信号として使えます。

式で書くと ビーム半径 w(z)2 = w02[1 + (z/zR)2]、強度 I ∝ P/w2。各面で積分した蛍光は、一光子で ∝ I·w2 = 一定、二光子で ∝ I2·w2 ∝ 1/[1 + (z/zR)2] となり、焦点(z = 0)から離れると急に減ります。
一光子励起 二光子励起 焦点面 各面の蛍光量 一光子 二光子 緑:蛍光が出る領域(模式図)

フェムト秒パルスレーザーが
必要な理由

二光子吸収の断面積はとても小さく、連続光(CW)で十分な信号を得ようとすると、試料を傷めるほどの平均パワーが必要になります。そこで光子を時間的に短いパルスへ詰め込みます。平均パワーは同じでも、パルスの瞬間だけ強さが桁違いに高くなるため、2乗で効く二光子励起の効率が大きく上がります。

典型的な 80 MHz・100 fs のパルス列では、光が出ている時間は全体のわずか 10 万分の 1 程度です。同じ平均パワーの連続光と比べて、二光子信号はおよそ 7万倍 になります。

式で書くと 時間平均の二光子信号 ∝ ⟨I2⟩ = gp ⟨I⟩2 / (f τ)。f:繰り返し周波数、τ:パルス幅、gp:パルス形状で決まる係数(sech² 型で約 0.59)。f = 80 MHz、τ = 100 fs では 1/(fτ) = 1.25×105、gp を含めて約 7×104 倍になります。
連続光(CW):強さが一定 パルス列:同じ平均パワーを短い時間に集中 12.5 ns(80 MHz) パルス幅 約100 fs(間隔の約10万分の1) パルスの山の高さは実際には数万倍(模式図)

生体深部を観察できる理由

生体組織の中で光が届かなくなる主な原因は散乱です。散乱は波長が短いほど強く、可視光は表面近くで急速に広がってしまいます。近赤外光は散乱も吸収も少ない「生体の窓」と呼ばれる波長域にあり、焦点まで集光したまま深く届きます。

もう一つの理由は検出の側にあります。二光子励起では光る場所が焦点だけに限られているので、蛍光が組織で散乱されて方向を変えても、どこから来たかは分かっています。共焦点顕微鏡のようにピンホールで絞る必要がなく、散乱された蛍光も含めて大面積の検出器ですべて拾えます(非デスキャン検出)。

補足 到達深さは、焦点での信号と試料表面付近で生じる余分な蛍光との比で決まり、マウス脳ではおよそ 0.5〜1 mm が目安です。さらに深くを見るには、1300 nm や 1700 nm の光で3光子を同時に吸収させる三光子顕微鏡が使われます。
可視光(一光子) 近赤外光(二光子) 試料表面 浅い位置で散乱して広がる 深部の焦点まで届く 散乱された蛍光もすべて検出に使える

二光子顕微鏡の基本構成

  • 1
    フェムト秒パルスレーザー波長可変のチタンサファイアレーザー(約 680〜1080 nm)や、920 nm・1040 nm などのファイバーレーザーが使われます。
  • 2
    パワー制御と分散補償ポッケルスセルなどで照射パワーを調整し、対物レンズなどの光学系で広がるパルス幅をプリチャープで補償します。
  • 3
    走査光学系と対物レンズガルバノミラーやレゾナントミラーで焦点を走査し、開口数の大きい水浸対物レンズで深部に集光します。
  • 4
    非デスキャン検出器ダイクロイックミラーで蛍光を分け、対物レンズのすぐ後ろに置いた高感度の光電子増倍管(GaAsP PMT など)で検出します。
fsレーザー 近赤外パルス パワー制御 分散補償 走査ミラー 走査・結像レンズ ダイクロイックミラー 蛍光 PMT 非デスキャン検出 対物レンズ 試料

パルス幅の保持と励起波長の選択

フェムト秒パルスはさまざまな波長成分を含むため、ガラスを通ると成分ごとに進む速さが違って(群速度分散)、パルスが時間的に引き伸ばされます。二光子信号はパルス幅に反比例するので、顕微鏡の光学系で伸びた分をあらかじめ逆向きに補償しておくことが重要です。

920nm
GFP 系・GCaMP の標準
主な対象
GFP、GCaMP、YFP
光源
Ti:Sa、ファイバーレーザー

神経活動のカルシウムイメージングで最も広く使われる波長です。

1040nm
赤色蛍光タンパク質・高出力
主な対象
tdTomato、mCherry など
光源
Yb ファイバーレーザー

920 nm と組み合わせた2色同時観察にも使われます。

1300nm
三光子励起でさらに深部へ
主な対象
GFP 系(三光子)
光源
OPA などの高エネルギーパルス

散乱と表面付近の余分な蛍光がさらに減り、1 mm を超える深さの観察例があります。

式で書くと ガウス型パルスが群遅延分散 GDD を受けると、τout = τin √(1 + (4 ln2 · GDD / τin2)2)。例えば τin = 100 fs、顕微鏡全体で GDD = 5000 fs2 なら τout ≈ 171 fs となり、補償しなければ二光子信号は約 6 割に下がります。
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