自己校正を備えたグラフモデリングによる動的試料の補償光学

Cho, E.-S., Park, J., Jin, H., Chung, Y., Eom, M., Shin, H., Chang, J.-B., Park, J.-H., Yoon, Y.-G. “Graph-based modeling of optical system enables adaptive optics on dynamic samples with self-calibration.” iScience 2026, 29, 116769. https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.116769

背景

 蛍光顕微鏡は細胞や細胞内構造を可視化する不可欠な道具となったが、その性能は波面収差に本質的に縛られている。収差は試料内の屈折率の不均一さ、光学系の位置ずれ、構成部品の不完全さから生じ、回折限界の分解能を妨げ、画質・コントラスト・信号対雑音比を損なう。これを測って打ち消すのが補償光学であり、もとは大気のゆらぎを補正する天文用の技術として発達し、のちに生体イメージングへ移された。顕微鏡では一般に、シャック・ハルトマン波面センサーで波面の歪みを直接測り、可変形鏡や空間光変調器で補正する。近年は専用センサーを置かず画像そのものから収差を推定する計算的補償光学が注目され、なかでも既知の位相(デフォーカスなど)をわざと加えた複数枚の画像から未知の収差と物体構造を同時に解く位相ダイバーシティ法が有望視されている。

従来の問題点

 しかし、センサーを用いる方式は光学系を複雑にし、コストと位置合わせ誤差を増やすうえ、視野内に点状の参照光源(ガイドスター)を必要とする。生体試料には自然には存在せず、二光子励起や蛍光ビーズの埋め込みで人工的に作らねばならず、広視野では複数個を分布させる必要がある。一方、2024年に蛍光顕微鏡へ導入された解析的な位相ダイバーシティ法は、理想化した光学配置を前提とする固定式の数値最適化に依るため、実機のわずかな幾何学的ずれやハードウェアのばらつきがあると、推定した収差が真の位相歪みを捉えきれない。さらに、視野全体で収差が一様であると仮定するため、およそ100 µm²を超える領域では前提が崩れ、複数枚を撮る間は物体が静止しているとも仮定しているため、生きた試料のドリフトや神経活動には対応できない。

結果

 そこで、本研究では結像過程を微分可能な計算グラフとして表し、系の校正パラメータまで同時に最適化するGRAPHYCS(graph-modeling and phase-diversity-based computational adaptive optics with self-calibration)を構築することによって、解決した。学習可能な校正パラメータが実機固有の非理想性を自動で補正し、局所ごとに収差をモデル化することで1 mm²を超える広視野の空間依存収差に対応し、時間変化する物体を組み込むことで動く試料も扱える。シミュレーションでは、理想条件を前提とする解析的位相ダイバーシティ法に対し波面推定精度が最大9倍向上した。実際の顕微鏡実験でも比較したすべての位相ダイバーシティ法を上回り、系由来と試料由来の双方の収差を補正できた。受精後4〜6日のゼブラフィッシュ幼生の脳(全神経細胞の核にGCaMP6sを発現)を深さ200〜300 µmでライトシート撮像した実験では、収差補正と神経活動の検出を同時に行うことができ、静止物体を仮定する従来の計算手法では届かない領域を示した。Cobolt社製の488 nmレーザー(06-MLD、HÜBNER Photonics)は、パウエルレンズと2枚の平凸シリンドリカルレンズを経て均一なライトシートを作る照明光として使われた。

※本記事は、オープンアクセス論文(CC BY 4.0)を、独自の構成で再構成した日本語要約です。

【用語解説】

  • 波面収差:光が試料や光学系を通る際に、本来そろっているはずの波面が場所ごとに進み遅れを起こして歪むこと。歪んだまま結像すると点が点に集まらず、分解能とコントラストが落ちる。
  • 補償光学:波面の歪みを測り、可変形鏡などで逆向きの歪みを与えて打ち消す技術。天体観測で大気のゆらぎを補正するために生まれ、生体イメージングへ応用された。
  • 位相ダイバーシティ法:デフォーカスのような既知の位相をわざと加えた複数枚の画像を撮り、その組から未知の収差と本来の物体像を同時に推定する手法。専用の波面センサーを要しない。
  • ガイドスター:波面を測る基準となる点状の光源。天文では人工的に作った輝点、顕微鏡では二光子励起の輝点や埋め込んだ蛍光ビーズが使われる。
  • 微分可能な計算グラフ:結像の各段階を微分可能な演算の連なりとして書き下したもの。誤差を逆向きにたどれるため、収差だけでなく系の校正値まで同時に最適化できる。

ライトシート照明に使用された488 nmレーザー

488nmレーザー