量子センシングが明かす、心臓線維症モデルにおける心臓線維芽細胞のエンドリソソーム活性の変化

Mzyk, A., Yilmaz, E., D’Angelo, G., Berg-Sørensen, K. “Nanodiamond-Based Quantum Sensing Reveals Changes in Endo-Lysosomal Activity of Stimulated Cardiac Fibroblasts in a Cellular Fibrosis Model.” Advanced Functional Materials 2026, 36, e28248. https://doi.org/10.1002/adfm.202528248

背景

 心不全の主要な原因である心臓線維症は、心臓の線維芽細胞が筋線維芽細胞へと変化し、細胞老化を伴って進行する。この過程で鍵を握るのが、取り込んだ物質の分解や輸送を担う酸性の小胞であるエンドリソソームであり、酸化還元の状態や鉄の動きを司る信号拠点として重視されている。とくに鉄が関わって生じる活性酸素種は線維化の進行を左右するため、その内部の変化を生きた細胞の中で高い分解能で追う手段が求められている。この候補が、ダイヤモンド結晶中の窒素空孔(NV)中心を用いた蛍光ナノダイヤモンドで、生体になじみやすく退色しにくい量子センサとして注目されている。

従来の問題点

 しかし、従来の生化学的な測定法は、細胞小器官の単位で鉄や酸化還元の動的な変化を捉える分解能と特異性に乏しい。加えて、蛍光色素を用いる観察は退色しやすく、エンドリソソーム機能の速い変化や持続的な変化を追い続けることが難しい。

結果

 そこで本研究では、蛍光ナノダイヤモンドのNV中心を用いたT1緩和計測を導入し、生きた心臓線維芽細胞のエンドリソソーム内の遊離ラジカルと常磁性鉄の変化を非侵襲に読み取ることで解決した。培養基質の硬さ・TGF-β刺激・細胞の継代数といった条件を変えて調べ、これらがナノダイヤモンドの取り込み量や小胞内での局在、酸化還元状態(T1値)を時間・継代数に依存して変えることを示した。用いられたのは、Adamas Nanotechnologies社製の平均粒径70nmの蛍光ナノダイヤモンドで、高温高圧法で作製後に電子線照射とアニールで1粒子あたり約500個のNV中心を導入し表面を酸素終端したものである。これを細胞内のエンドリソソームに局在させ、周囲のラジカルが多いほどNV中心のスピンが速く緩和しT1値が短くなる性質を利用してセンサとした。

※本記事は、オープンアクセス論文(CC BY 4.0)を、独自の構成(背景・従来の問題点・結果)で再構成した日本語要約です。

【用語解説】

  • 窒素空孔(NV)中心:ダイヤモンド結晶中で、隣り合う炭素が1個の窒素原子と1個の原子空孔の対に置き換わった欠陥。緑色光を当てると赤色に発光し、その明るさが周囲の磁場やラジカルで変わるため、原子スケールのセンサとして使える。
  • T1緩和計測:NV中心の電子スピンを緑色レーザーで一方向にそろえた後、乱れた平衡状態に戻るまでの時間(T1)を測る手法。近くに遊離ラジカルや常磁性物質が多いほどT1が短くなる。
  • エンドリソソーム:細胞が外部から取り込んだ物質を分解・処理する酸性の小胞の総称。近年は酸化還元や鉄代謝を制御する細胞内の信号拠点としても注目されている。