紫外ラマン分光法におけるHeCdレーザーの代替としての固体レーザーの適用


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Prof. D. A. Tenne and Dr. B. P. Rimgard.
“Solid-state 320 nm laser to replace HeCd laser in UV Raman spectroscopy analysis of ferroelectric perovskite thin films and heterostructures”

背景

 ラマン分光法は固体中の格子振動や欠陥、歪み、相転移などを非破壊で高精度に解析できる手法であり、化学、生物、薬学をはじめとする多くの分野で広く活用されている。特に、紫外線(UV)を励起光源とする紫外ラマン分光法は、蛍光バックグラウンドの低減、共鳴増強効果による高感度測定、ならびに空間分解能の向上が可能であるため、微小領域やナノスケール構造の観察において有効である。また、フェロエレクトリック材料は、強誘電性を持つことから、不揮発性メモリや圧電素子、光学素子などの応用が期待され、特に薄膜化・ヘテロ構造化による新規物性の発現が注目されている。これらの物性は結晶格子の動的挙動に強く依存しており、その解析にはラマン分光法が有効な手段となっている。
 紫外ラマン分光法において従来広く用いられてきたのが、325 nmの波長を持つヘリウム-カドミウム(HeCd)レーザーである。このレーザーは、安定した単一周波数発振、狭い線幅、優れたビーム品質(TEM00モード)、長いコヒーレンス長、直線偏光の安定性など、精密な光学測定に必要な諸特性を兼ね備えており、高分解能が要求される科学および産業応用において長らく標準機として用いられてきた。

従来技術の問題点

 しかし、HeCdレーザーは発光にカドミウムという高毒性かつ環境有害性の高い元素を利用しており、環境規制の強化に伴い取り扱いや廃棄の面で大きな課題を抱えている。加えて、HeCdレーザーは装置全体が大きく、電力効率が低く、冷却やメンテナンスの手間がかかる上、寿命も限られている。特に、薄膜フェロエレクトリック材料のようなバンドギャップが大きく、膜厚が極めて薄いサンプルに可視光または近赤外光でラマン測定を行うと、基板からの強い散乱信号に埋もれてしまい、目的とする薄膜からの信号が得られにくいという問題もある。これは、可視光ではフォトンエネルギーが材料のバンドギャップに満たないため吸収が弱く、光の透過深さが大きくなってしまうことが原因である。

解決方法の提案と結果

 そこで、本研究では、325 nm HeCdレーザーの代替として、周波数変換を用いた320 nmのダイオード励起固体レーザー(Cobolt社製Cobolt 05-01 Zydeco)を使用することによって、上記の課題を解決した。このレーザーは単一周波数発振で、20 mWの出力、TEM00ビーム、高いスペクトル純度(<500 kHzの線幅、SMSR >60 dB)、波長安定性<1 pmを有し、コンパクトな筐体(115×55×45 mm)と低消費電力(<65 W)も実現している。
 実験では、Ba₀.₄₅Sr₀.₅₅TiO₃薄膜(200 nm厚、DyScO₃基板上)を用いて、325 nmのHeCdレーザーと320 nmのCobolt Zydecoレーザーによるラマンスペクトルを比較測定した。測定装置にはHoriba Jobin Yvon T64000三重モノクロメータと液体窒素冷却CCD検出器を使用した。得られたスペクトルは、レーザーラインからわずか20 cm⁻¹離れた領域でも両者に有意な差がないことが確認され、高品質なスペクトル取得が可能であることが示された。さらに、CoboltレーザーはHeCdレーザーに比べ、システムの小型化、省電力化、長寿命化を実現し、フィルタ不要でプラズマ線の影響を受けにくいという利点も持つ。     
 Cobolt社製のレーザー発振器(Cobolt 05-01 Zydeco)は、波長320 nm、最大出力20 mW、線幅<500 kHz、TEM00モード、スペクトル純度SMSR >60 dB、サイズ115×55×45 mm、消費電力<65 W、保証寿命12か月(連続使用可)である。これにより、従来のHeCdレーザーに代わる有力な選択肢として、環境適合性、効率性、安定性を兼ね備えた装置構成が可能であることが明らかとなった。

実験装置の構成図
光路には、光損失を最小限に抑えるために、低損失・高反射の誘電体ミラーと反射防止コーティングを施した石英レンズを使用している。

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原文

HÜBNER Photonics ホワイトペーパー

論文で使用されたCoboltのレーザー

320nmレーザー Zydeco