Behrouzitabar, M., Bērziņš, K., Vanna, R., Alcolea-Rodriguez, V., Boyd, B.J., D’Alfonso, L., Manzoni, C., Polli, D., Cerullo, G., Antonacci, G. “Full vibrational spectroscopy for simultaneous mechanical, structural and chemical analysis.” Nature Communications 2026, 17, 5632. https://doi.org/10.1038/s41467-026-74558-z
物質の振動状態を光の非弾性散乱から調べる振動分光は、標識を必要とせず非接触で情報を得られることから、生体力学や製薬の分野で普及している。ブリルアン散乱は熱的に生じる密度ゆらぎ(音響フォノン)を捉え、0.1〜1 cm⁻¹ の偏移から粘弾性を与える。超低周波ラマン散乱は 10〜200 cm⁻¹ の分子間振動を捉えて結晶形の違いに鋭敏であり、通常のラマン散乱は 200〜3500 cm⁻¹ の分子内振動から化学組成を与える。三つを合わせれば、力学・構造・化学の情報が一度の計測で得られる。
しかし、ブリルアン散乱と超低周波ラマン散乱の信号は励起光のごく近傍に現れる微弱な成分であり、レイリー散乱や界面反射に由来する強い弾性背景光に埋もれてしまう問題がある。走査型ファブリ・ペロー干渉計は分解能に優れる一方で1点あたり 10 s 以上を要し、高速なVIPA分光器はコントラストが約 30 dB にとどまる。三つの領域を同時に取得できる装置は実現していなかった。
そこで、本研究では複屈折誘起位相遅延(BIPD)フィルタを導入することによって、解決した。複屈折結晶を二枚の偏光子で挟む構成であり、入口の偏光子が背景光の偏光を揃えるため、由来を問わず背景光を同じ原理で抑圧できる。光源にはCobolt社製の単一縦モードレーザー Flamenco(波長 660 nm)を用い、倒立顕微鏡の対物レンズで試料面に 8 mW で集光し、同じ対物で集めた後方散乱光をこのフィルタへ通したうえでVIPA分光器と回折格子分光器へ並列に導いている。これにより 0.1〜3500 cm⁻¹ を超える全域を同時に取得し、ブリルアン側で約 1 GHz の分解能と約 55 dB のコントラストを得た。インドメタシンの結晶形と非晶質相の識別に加え、イブプロフェン錠剤の力学・構造・化学の分布を同一視野で画像化できることを示した。
※本記事は、オープンアクセス論文(CC BY 4.0)を、独自の構成で再構成した日本語要約です。
【用語解説】
- ブリルアン散乱:物質中を熱的に伝わる音波(音響フォノン)による光の非弾性散乱。周波数の偏移量が弾性率と密度で決まるため、試料に触れずに粘弾性を測れる。
- 超低周波ラマン散乱:10〜200 cm⁻¹ 付近に現れる、分子どうしの並進や回転といった集団振動による散乱。結晶格子の並び方を反映するため、同じ化学組成でも結晶形の違いを見分けられる。
- VIPA(多重仮想位相配列)エタロン:入射光を斜めに導いて多重反射させ、わずかな波長差を大きな角度差に変換する分光素子。回折格子より分散が大きく、ブリルアン散乱のような微小な周波数偏移の測定に用いられる。
振動分光に使用された660 nmレーザー
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